連休も終盤に入りました。まだまだ、余震は続いています。
今日は、阿蘇の方で震度4が続けて発生し、熊本市もゆらゆら揺れます。どうせ片付けても、また大きい余震が来たら散乱するからと、本棚の書類や本は床に平積みのままです。
夜は、大きい余震が来たときにすぐに逃げ出せるよう、外出用の上下を着て、手元にLEDの懐中電灯と携帯のラジオを置き、カーペットの上に毛布を掛けて寝ています。もちろん、靴と非常用のリュックを玄関に並べて。
まだ、車中泊をしている仲間もいます。
この揺れは、いつ収まるんでしょうね。
ところで、国土地理院のサイトを見ると、今回の熊本地震に関する情報が満載です。
この情報の中に、4月16日の本震後に起こった地殻変動による電子基準点の水平方向と上下方向の移動量が図化されているものがあります。
水平方向
上下方向
水平方向の図を拡大してみると、熊本で東北東方向に75cm移動しており、阿蘇の長陽では逆方向の南西方向に97cmも移動しています。
熊本と長陽の間に、今回の地震で震度7を記録した益城町と西原村があります。
上下方向の図を拡大してみると、熊本で20cm沈下しており、阿蘇の長陽では逆に23cm隆起しています。
熊本市内では、地震後私が車で走った道路だけに限定すると、川にかかる橋と道路のつなぎ目で道路がどれも10cm以上沈下していましたので、なるほどと思える数字です。
このサイトの中で特に興味を持ったのは、断層をドローンで撮影した動画です。Youtubeにもアップされています。
いくつかアップされていますので眺めていたところ、業務研修委員会のメーリングリストに、島田さんからメッセージが載りました。
「研修会に使うので、断層の実際の写真を撮りたいが具体的な場所を知らないか。」
「実際見てみたい。」
とのこと。
1.現地に行ってみた
このやりとりがきっかけで、私の心の中にも、実際に見てみたいという興味と、断層付近の筆界はどうなるのだろうというこれまで持っていた疑問を改めて考えてみたいという好奇心的向学心(?)が沸いてきました。
その後メーリングリストでやりとりをして、危険ではなく立ち入りが可能な場所が見つかりましたので、思い立ったが吉日で翌日行くことにしました。このことを家内に言うと、自分も益城の状況を見てみたいとのこと、次の日の朝早く車を飛ばして現地へ向かいました。
そこは、益城町を経て南阿蘇に行くときにいつも通っている県道から少し入ったところで、秋には頭を垂れた稲穂が一面に広がる田園の中にありました。
2..初めて目にした地表の亀裂
これまで、写真や動画では見たことがありますが、実際にこの目で地震直後の断層を見たのは初めてです。
ドローンで撮られた動画では、平面的にずれていることしかわかりませんでしたが、近くで見ると上下に約30〜40cm高低差ができていることがわかります。
写真の手前が断層の南側にあたりますが、南側よりも北側が高くなっています。
南側が沈下したのか、北側が隆起したのか、それとも両方なのか。
水平方向には、畦1本分約70〜80cmずれています。
手前の南側が西方向に動き、北側が東方向に動いたのでしょうか。
この畑の道路を挟んだ東側の田んぼにも、段差が見られました。
これは断層ではなく、田んぼの道路側が少し隆起しているのではないかと思います。
道路と平行(東方向)に田んぼを見ると、田んぼの畦に緩やかな段ができて右側(南側)が少し高くなっているのがわかります。
3.地震によるズレを図示すると
これらを図示してみましょう。
地震前に次の図のように区画された田畑は、
地震で水平方向に次の図のようにずれました。
赤い線a−a'が今回現れた断層です。黄の線b-b'は、田んぼの少し隆起した線です。
赤い線a−a'を境に、南側が西方向に、北側が東方向にずれています。また、黄の線b-b'では、南西側が少し隆起しており、隆起の程度はb点からb'点に行くほど大きくなっています。
次の図は、A-A'の断面図です。
地震後の隆起や沈下の線は、私の想像です。
このように、a−a'よりも南側の地層は西方向に水平移動して沈下し、a−a'よりも北側の地層は東方向に水平移動して隆起しており、先ほど挙げた国土地理院の地殻変動の図と水平方向に関しては一致し、上下方向に関しては反対の結果になっています。
先に書いたとおり、断層の北側にある熊本では、地盤は沈下していました。
4..先例の取り扱い
阪神淡路大震災の後に出された平成 7 年 3 月 29 日法務省民三第 2589 号(回答)によると、
「地震による地殻の変動に伴い広範囲にわたって地表面が水平移動した場合には、土地の筆界も相対的に移動したものとして取り扱う。なお、局部的な地表面の土砂の移動(崖崩れ等)の場合には、土地の筆界移動しないものとして取り扱う。」
とあります。東日本大震災の時もこの取り扱いが踏襲されたと聞きますので、熊本地震においてもこの取り扱いがなされるでしょう。
とすると、今回は地殻変動によって布田川断層帯より北側の地層は東方向に動きましたので、大ざっぱに考えると、これらの各土地の筆界は東側に平行移動した点が新しい筆界となります。
逆に布田川断層帯より南側の地層は西方向に動きましたので、やはり大ざっぱに考えると、これらの各土地の筆界は西側に平行移動した点が新しい筆界となります。
5..この土地の筆界はどうなるの
では、断層の真上にあるこの地区の土地の筆界は、どう考えればいいのでしょうか。
やはり前記の回答の通り、断層より北側の部分は東に平行移動した点が新しい筆界であり、断層より南側の部分は西に平行移動した点が新しい筆界となると考えなければならないでしょう。
ということは、下記の図の甲の土地と乙の土地の筆界は、断層を境に折れ曲がった線ア−イ−ウ−エとなるということになります。
その結果、甲の土地は地震前(黒線)と地震後(青線)では、次のように筆界が変わることになります。
これでよかつかなぁ?
これから先、熊本会の土地家屋調査士は、他の被災地と同様難しい対応を迫られそうです。