あれから2ヶ月 (2016.6.14)


熊本地震発生から2ヶ月がたちました。

熊本市中央区にある私の自宅の周りは、災害ゴミも搬送され、ほぼ日常に戻っています。小さい余震は続いていますが、回数はずいぶん減りました。

しかし、私の事務所がある宇城市では、まだ震度3の余震が時々あります。また、事務所から車で2〜30分ほど南に走ったところにある八代市では、先日久しぶりに震度5弱の余震がありました。

地震が、益城町から南に延びる日奈久断層帯に沿って、県の南に移動しているのでしょうか。

ただ、業務はほぼ日常に戻っています。


熊本地震で一番被害が大きかった益城町では、昨日から応急仮設住宅の入居が始まりました。

熊本県全体ではまだ多くの方が公民館などの避難所に避難されていますが、これから少しずつ仮設住宅に移られていくのでしょう。


3週間ほど前の日曜日とその次の週の土曜日に、私は益城町の保健福祉センターへ仮設住宅申し込みの受付業務のお手伝いに行きました。

申し込みをされた方々には受付の際に、「6月の中旬くらいに結果がお知らせされますから」とお伝えしていましたが、予定通りに進んでいったようです。ただし、入居できるのはまだ100世帯くらいとのこと。

確か益城町では、先日の申し込みの受付時点で1000戸弱の仮設住宅を用意する予定でしたので、その一部がやっと実現したと言うことです。


益城町が用意する仮設住宅のうち、ほぼ6割にあたる約600戸は、益城町の北東のはずれにあるテクノリサーチパークというところに設置される予定です。そして、その他の約400戸が50〜60戸ずつに分けて各場所に設置される予定です。

テクノリサーチパークは益城町のはずれに位置します。仮設住宅建設地としての規模は大きいですが、交通の便が悪いところです。


ところで、私がお手伝いした益城町保健福祉センターは益城町の中でも西側の住宅街の中に位置します。


益城町保健福祉センター


ここは避難所も兼ねていて、今でも多くの方々が避難されています。


益城町保健福祉センター(避難所)の入り口
ここでも、迷惑なテレビ関係者がシャットアウトされています


申し込みに来られる方は主にこの避難所に避難されている方々でした。これらの方々はこの避難所の近くに住居がある方が多く、希望される申込先はどうしてもこの近所の仮設住宅に集中します。


仮設住宅の申し込みでは、第一希望から第三希望までの場所を選ぶようになっています。

しかし、申し込みをされる方の中に、どうしても第一希望しか書かない女性の方がいらっしゃいました。

第三希望まで書けますとお話しすると、やや強い口調で、「子供が小学生ですので学校の近くでないと困ります。お金も余裕がありませんのでどうしても第一希望の場所でないと困まります」と強く言われます。なるほどと思い、そのまま第一希望だけで申し込みを受け付けてもらいました。

また、車に乗ることができず、日々の買い物のことを考えるとやはりこの近くでないと困ると言われて申し込みをされたお年寄りもいらっしゃいました。

これらの方々は、今回、希望する仮設住宅に入ることができたのでしょうか。


申込所と受付の風景
避難所では、他の都道府県から派遣された職員の方々が
大勢い活動されています


さて、今日水曜日は、罹災証明の2次判定のお手伝いで益城町に行く日です。

最初は見るだけで心が痛んだ被災地ですが、何回も行くようになると、近頃は少し見慣れてしまっています。

幸い、2次判定のお手伝いでは、再調査を申し込まれた所有者の方とお話しをすることができます。

強い口調で言われる方、困った表情で話をされる方、淡々と話をされる方、いろんな方々とお話しをしますが、いずれの皆さんも自宅が半壊、大規模半壊、あるいは全壊の方々です。これからどうやって生活を立て直そうかと悩んでいらっしゃる方々です。

そういう方々のお話を聞くことができるのは、たぶん私にとって幸せなことだと思います。

ボランティア活動は、もちろん被災者の方々のお役に立つ為ですが、ボランティア自身の満足の為でもあるのではないかと感じる今日この頃です。



散髪のボランティア
後ろに大勢いるのは広島から炊き出しに来てくれた青年ら



自衛隊が設置してくれた入浴所
衛生上、浴槽には浸かれないそうです
しかし、避難されているご婦人によると、「シャワーよりはありがたい」とのこと



シャワー施設
自衛隊が撤退したあと、できていました

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